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夜パンの読み物 |「混ざる」新しいカタチ〜夜パンB&Bカフェ体験記〜

「混ざる」新しいカタチ

文>竹中はる美 写真>浅野カズヤ

東京都練馬区。車が往来する通りから脇道にそれ、乾燥した落ち葉をザクザクと踏みしめながら数百メートル進むと、背の高い木々の間から一軒の古民家が姿を現す。
築150年。見事な瓦屋根をもち、二面にわたる大きな窓のガラスは明治時代のものだという。ガラス面に少しゆがみがあり、日の光が反射して、きらきらと輝いている。家の前には、木々に囲まれた大きな庭が広がり、近くに都会の営みがあるにもかかわらず、喧騒は届かない。まるで不思議の国のアリスのように、日常とは違う、独自のときを刻む空間に紛れ込んだようだ。

けやきの森の季楽堂

2022年12月10日、そんな非日常感が漂う「けやきの森の季楽堂」で「夜のパン屋さんB&Bカフェ」第二弾が開催された。
「夜のパン屋さん」は、“夜だけの営業”だが、今日は日の光のもとでパンを販売。ほかにも、カフェもあれば、野菜マルシェや花屋、手作り教室やマッサージ、家で余った食料を持ち寄って、自由に持ち帰れるコーナーやクリスマスプレゼントの交換コーナもある。
お客さんも店員もごちゃ混ぜになって、物を売ったり、買ったり、食べたり、作ったり、もらったり、しゃべったり。好きなだけ、好きなように過ごせる「場」なのだ。

夜のパン屋さんB&Bカフェ

軒下にテーブルを並べた「夜パン出張販売」では、東京だけでなく、静岡や伊勢からも届いた合計9店舗の個性豊かなパンが整列。そして、パンを求める人々の行列ができる。
「夜のパン屋さんは知っていても、なかなか行く機会がなくて。だから今日、来ました」
「私は2回目。先月も買っておいしかったから、今日はどんなパンがあるかなって」
そんな声が聞こえてくる。ご近所さんも、電車に乗ってきた人もいるようだ。
冬の光を浴びて店員たちの顔は輝いて見える。そして、お客さんたちは、そんな店員たちとしゃべりながら、パン選びを楽しんでいる。ここにはパン愛が満ちている。
野菜マルシェをのぞくと、やはり女性客が多いが、いや、それだけでもない。

花屋

自由に持ち帰れるコーナー

「オレ、むかご買います」「えっ、若いのにむかごの食べ方を知っているの?」
「居酒屋で出てきて、うまかったから料理法を習ったんすよ」「どんな料理?」
むかごを手にした若い男子を、おばさんたちが取り囲む。そんな様子を黙って笑顔で見ているおじさん販売員も、じつは会話の一員だ。あとから来たお客さんに「さっき聞いたんですけど、むかごの料理法は……」と披露し、会話のバトンタッチが行われている。
そして、この野菜マルシェの特徴は、飛び入りの試食も出てくることだ。
販売員もお客さんも「食べ方がわからない」と首をひねっていた“山くらげ”という野菜1束が、いつの間にか姿を消えたかと思うと、おかずに変身して登場してきた。これは台所でカフェの料理をつくっているエダモンこと料理研究家の枝元なほみさんの成せる技。味見をした人たちはそのおいしさに、もれなく山くらげが買いたくなる。

野菜マルシェ

さらに、エダモンは時折、ランチに舌鼓を打つ人たちの間も歩きまわっては、「食べてみて」とみんなのお皿の上に即興おかずをちょこっとのせていく。まるでお母さんが、子どものごはん茶碗におかずをのっけるように。その“ちょっとかまってもらっている感じ”が、懐かしくて、温かくて、うれしい。
そう、即興は料理だけではない。お花屋さんが、当日、MINIから提供されたミニカーを使って、「MINIミニ リース」を即刻、作成。さすがプロの手早い手業だ。このMINIとのコラボのリース、お客さんたちから「かわいい!」と評判上々だ。
手作り教室では、クリスマス飾り作りや、編み物をする人の輪ができていた。手も口も同時に動かすおばちゃんたちは、まさに井戸端会議の様相。そのそばで会話に加わらず、手作業に没頭していても、それはそれでいい。共に手を動かすことで、つながっている。

大きな家のあちらこちらで、会話が生まれ、料理が、アイデアが、人の輪が生まれている。そんなにぎわいを離れ、かつては蚕棚だったのだろう2階に上がってみた。眼下には何本もの大きなハリがあり、そのハリ越しに人々の様子も垣間見える。大きな天井に抱かれた薄暗い空間。ここでマッサージを受けるために体を横たえ、目を閉じた。
子どものはしゃぐ声、赤ちゃんの鳴き声、高らかな女性たちの笑い声、低音の男性の話し声……下界の声がごちゃ混ぜになって耳に届いてくる。その中には、生活に余裕がある人、ない人、心がくたびれている人、元気な人、いろんな人の声が混ざっているだろう。しゃべらず、ただ他人の話に耳を傾けている人の息遣いも混じっているに違いない。そんな雑多な声と息の塊に包まれていると、なぜかすごく心が落ち着く。子どもの頃、病気で一人寝ていても、家族の気配があると安心できた、あの感じに似ている。

マッサージの気持ちのよさに身を委ね、夢とうつつをさまよいながら、これが「混ざる」ということなのかなと思う。いろんな人が、いろんなものが、いろんなことが混ざり合って、「一人でいても、一人じゃないよ」という気配が生み出される。
小さな村のようでありながら閉塞感はなく、大きな家族のようでありながら干渉しすぎない。ほどよい風通しのよさと、強風を防いでくれる安心感のある居場所。
これが「混ざる」新しいカタチ。そんなことを思いつつ、束の間の眠りに落ちた。
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夜パンB&Bカフェ>次回は1/14(土)開催です!

日時:2023年1月14日(土)
11:30-17:00(ラストオーダー16:30)

会場:「けやきの森の季楽堂」東京都練馬区早宮3-41-13