〜夜パンB&Bカフェ体験記〜
文>竹中はる美 写真>夜のパン屋さん
伊勢にするか、京都にするか、それとも……。心はちぢに乱れ、この迷いは深い。
いや、旅先をどこにするかではない。悩みの種はどこのパンを買うか、だ。
2023年3月11日。「けやきの森の季楽堂」では「夜のパン屋さんB&Bカフェ」第5弾が開かれた。いままで雨の日の開催もあれば、雪の日の翌日の開催もあったが、今日は春の日差しがやわらかく降り注いでいる。そんなぽかぽか陽気のなか、夜パン出張販売でパン選びを悩む、というのも悪くない。開店直後でまだお客さんが少ないのをいいことに、ここはじっくり選ぶとしよう。
パンに添えられているカードの情報によると、京都の『白くまのパン屋さん』は「パン激戦区の京都で人気上位を誇るベーカリー」とのこと。なるほど、京都は和食のみならず洋食の激戦区と聞くが、パンもまたしかりなのか。さすが舌の肥えている地だ。じーっとパンを眺めていると、スタッフから「このパン屋さんは、今回、初出品なんです」と声がかかる。なんと、初お目見え!心がぐらつく。でも、ちょっと待った!伊勢の『ぼうがいっぽん』は、「三重県伊勢にある”会員さまだけのパン屋さん”で、準備した材料が余ってしまうときだけ夜のパン屋さん専用で焼いてくれる」という。おおっ、希少品。
それならば、京都か伊勢かだけ悩めばいいかというと問題はそう甘くはない。東京のあちらこちらのパン屋さんたちも、厳選した材料、独自の技法を誇り、その上、スタッフが「このあまおうを使ったいちごジャムパンは、いまだけですよ」などとささやくのだ。脳内で、東へ、西へと忙しくパン屋をめぐる。うーん、今日は西方面にしよう。
いよいよ心を決めてパンを購入。ほかのパン屋さんは次回のお楽しみだ。
周囲を見回せば、夜パン出張販売以外もいつも通りのお店がオープン。そして、今回の目玉は「新生活応援!拡大フリーマーケット」だ。4月からの新たな生活に役立つよう、常設のフリーマーケットに加えて、スペースも出展者も拡大。青空のもとで商品がずらりずらりと並んでいる。衣類が多く、これからコートを脱ぐ季節に着たい春色のブラウスなどが目を引く。が、中には握力を鍛えるハンド・グリップなども並んでいて、「やはり新生活を迎えるにあたって、運をつかむ握力が必要か……」などとひそかにニヤリ。
そして、築150年の古民家では恒例のスペシャルトークが開催されている。今日のお話は、東京野菜ネットワークの堀さんだ。島も含む東京都内81の個人と団体の農家さんが参加し、生産者の顔が見える“東京の野菜”を、“東京の消費者”に届ける「都産都消」の活動をしているという。このカフェでも、毎回、マルシェでめずらしい野菜を“熱い説明付き”で販売。今日は、「かりん?」と見紛うばかり大きなレモンが店頭に並んでいる。
これは、「菊池レモン」といって1940年に菊池雄二さんによってテニアン島から八丈島に導入されたという。テニアン島といえば、確か、太平洋戦争で日本とアメリカが激しく戦った地のはずだ。戦前は、日本の統治領として日本人移民が開拓していたと聞いたことがある。菊池さんはどんな思いでテニアン島に行き、レモンを持ち帰り、八丈島で育て続けたのだろう。大きなレモンを目の前にして、想像がふくらむ。
こんなふうに、このカフェに来ると毎回、希少な野菜や果物だったり、各地のパンだったり、前回のようにまだ存在があまり周知されていないLLブックだったりに出会うことができる。そんな豊かな場である「夜のパン屋さんB&Bカフェ」について、
今日もその成り立ちの簡単な説明があったが、ここで“事始め”をおさらいしておこう。
「夜のパン屋さん」はビッグイシューがコーディネートしている「自分たちでパンを焼かないパン屋さん」だ。街のパン屋さんが、腕と誇りをかけてつくって販売しているパンが、その日、売れ残りそうになったとき、「夜のパン屋さん」が預かって販売。フードロスの削減につなげ、さらに、生活に困窮している人たちが、その販売や集荷を担うことで、雇用も生み出そうというプロジェクトだ。2020年10月にスタートし、いま14人のメンバーがスタッフとして働いているんだそう。中には、かつて路上生活をしていた人もいるが、ほかの仕事もしながら、現在はその状況を脱しているという。
そんななか、2022年夏、自動車メーカーMINIが行っている「BIG LOVE ACTION(ビッグ ラブ アクション)」に「夜のパン屋さん」が選ばれた。これは、誰しもが平等にチャンスを得られる社会を目指し、日本の抱える課題を解決するアイデアを応援するもの。そんなMINIのサポートを得て、同年12月から毎月、ここ「けやきの森の季楽堂」で開催されるカフェが実現した。「夜のパン屋さんB&Bカフェ」の名は、ビッグイシューの「B」とビッグラブアクションの「B」からつけられている。
自分自身も、周囲も、日本も、世界も、地球も、いろいろ問題を抱えている。ときに絶望的な気分、憂鬱な気持ちになることもある。でも、ここに来ると、人間って捨てたもんじゃない、と思える。みんなが笑っていて、今日のポカポカとした陽気のように、心が温かくなる一日が過ごせる。そして、おいしいごはんがある。経済的に厳しいときは、お福わけ券を使えばいい。
さて、エダモンカフェの今日のメニューなんだっけ?売り切れる前に食べよう。
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夜パンB&Bカフェ>次回は4/8(土)開催です!
日時:2023年4月8日(土)
11:30-17:00(ラストオーダー16:30)
会場:「けやきの森の季楽堂」東京都練馬区早宮3-41-13[アクセス]