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夜パンの読み物 | エダモンカフェのおいしい秘密〜夜パンB&Bカフェ体験記〜

文>竹中はる美 写真>浅野カズヤ

「大変、お皿が足りなくなる」

正午を30分ほど過ぎたころ、スタッフがお客さんたちのテーブルをまわり、食べ終わったお皿を急いで集めている。エダモンカフェのランチの注文がいつも以上に殺到し、新たに料理を盛り付けて出すお皿が足りなくなってきているらしい。確かに見回すと、築150年の古民家の中でも、庭でも、食事を楽しむ人の姿がいっぱいだ。

2023年4月9日、「けやきの森季楽堂」で開催される「夜のパン屋さんB&Bカフェ」も今回で第6弾を迎えた。新緑の季節のわりには空気は少しばかり冷たいが、その分、人の熱気に満ちている。

「毎月、楽しみに来ている」という人もいれば、「SNSで見て、気になって来た」「パンを売っているのかと思って来てみたら、いろんな店があってびっくりした」という声も聞こえる。こんなふうに「夜のパン屋さんB&Bカフェ」は少しずつ知られ、広まり、そして、エダモンカフェも大にぎわいになってきているのだろう。

エダモンカフェは、「エダモン」こと料理研究家の枝元なほみさんがプロデュースしている。その枝元さんに、私は20数年前、ある雑誌の取材で話を聞いたことがある。記事のテーマは「思い出の一冊」。あなたにとっての大事な一冊を教えてください、というものだ。枝元さんがあげたのは『もの食う人びと』だった。通信社の記者を経て、作家となった辺見庸氏が、紛争や原発事故などで切実な食糧問題にさらされているバングラデシュ、ソマリア、チェルノブイリなどに赴き、現地の人々とともに食べ、語らい、綴ったノンフィクションだ。その取材で枝元さんが「食に関わる仕事をする者として、また、人として、飢餓や食環境について、常に考えていきたい」と語ったのをよく覚えている。

そして、枝元さんは昨年、『捨てない未来 キッチンから、ゆるく、おいしく、フードロスを打ち返す』という本を上梓した。大量生産、大量消費、大量廃棄に陥っている現代社会に疑問を呈し、その負のループからどうにか抜け出せないかを真剣に考え、大量廃棄の影で飢餓に陥っている人たちにも目を向けた内容だ。

枝元さんの食に対する姿勢はずっとぶれずにきているんですね。

そう語りかけると、枝元さんは「三子の魂なんとやらで、進歩してないだけ」と照れながらも、「食べ物を平気で捨てる社会は、人も平気で捨てる。そんな社会、未来にしないために、できることからやらないと」と少し追い詰められたように語った。

その「できることからやる」の一つが「夜のパン屋さんB&Bカフェ」だ。そして、その活動をさかのぼっていくと、ホームレスの人の自立を支援する雑誌として2003年に創刊した「ビッグイシュー日本版」との関わりにたどり着く。

この雑誌が、今年で創刊20周年を迎えることもあって、今日のスペシャルトークではその話題も取り上げられた。

そもそも「ビッグイシュー」は、イギリス・ロンドンで1991年に始まった取り組みだという。ホームレスの人が路上で雑誌を販売することで、その収益の半分以上が収入となり、自立の後押しをする仕組みだ。いまでは同様の雑誌が世界で100誌くらいあるそうだ。

日本版の創刊の動きは大阪で起こった。右肩上がりの経済成長がストップし、日本一の「寄場」である大阪の西成区で日雇いの職がなくなると、ホームレスとなる人が急増。大きな公園や主要駅前などに寝泊まり用のブルーシートのテントが立ち並んだ。その様子に何かをせずにはいられなくなった3人が立ち上がり、「ビッグイシュー日本版」の創刊にこぎつけたという。

創刊メンバーのひとり佐野未来さんによれば、「2003年当時は、ホームレスといえば高齢男性が多かった。が、その後、2008年のリーマンショック後は20代、30代の若い男性が、2020年のコロナ禍では女性も増加している」という。時代とともに生活に困窮し住まいを失う人々の年齢や性別は変化しつつ、「ビッグイシュー」は必要とされ続けてきた。「ホームレス状態でも仕事をしたい、自分の力で稼ぎたいという人たちが、誇りをもって売ることができる雑誌づくりをする」。そんな佐野さんたちの強い思いが、継続の力になっているのだろう。

そして、枝元さんが、この雑誌の取材を受けたのを機に、連載記事をもつようになり、さらに「ビッグイシュー」から派生した活動である「夜のパン屋さん」「夜のパン屋さんB&Bカフェ」に関わるようになったのは、自然の流れだった。

さて、午後3時もまわり、エダモンカフェの大忙しもひと段落したところで、厨房を訪ねてみた。ここでは、枝元さんの元に結集した7、8人が、それこそ「あうんの呼吸」で料理をしている。そのひとり、栁澤香里さんに話を聞いた。

「心がけているのは、フードロスを出さないこと。材料は主に、枝元が新しいメニューを考える試作のために用意して余ったものや、生産者の元で消費期限が迫っているものを買わせてもらって活用している」という。そして、材料は、なるべく丸ごと使い切る。「里芋の皮も捨てずに揚げて、タレをかけて1品にしたり。お吸い物のだしをとった干しいたけや昆布は、とっておいて佃煮に」。また、料理に添えてある葉などは、枝元さんち産。「調理の際に切り落としたにんじんの頭などを、枝元が水に漬けて水耕栽培して、出てきた葉っぱ」だそうだ。なるほど、捨てない工夫が満載だ。でも、と栁澤さんはいう。「おいしさは決しておろそかにしません」と。

「だし同様にスープも、鍋でコトコトと鶏ガラからとって。肉も卵も調味料も、生産方法から味まで、枝元が味見して納得したものを使っている」という。

カフェ開催の前日、スタッフ総出で丸一日をかけて下準備をするが、漬け込む、煮込むなど「時間がつくる味」は、さらに前もって仕込みをしている。

エダモンカフェのランチのひと皿にはこんな、時間と手間、ポリシーや思いが凝縮されている。でも、そんなことを何も知らなくても、食べて、味わえば、しみじみとしたおいしさが、胃袋に、心に届く。

「大変、お皿が足りなくなる」

きっとこれからも、こんなスタッフのつぶやきが繰り返されていくことだろう。

夜パンB&Bカフェ>次回は5/13(土)開催です!

日時:2023年5月13日(土)
11:30-17:00(ラストオーダー16:30)

会場:「けやきの森の季楽堂」東京都練馬区早宮3-41-13[アクセス