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夜パンの読み物 | 本をめぐる旅〜夜パンB&Bカフェ体験記〜

本をめぐる旅

文>竹中はる美 写真>夜のパン屋さん

立春を過ぎてからも天候は日々、寒暖を繰り返し、とにかく気まぐれだ。

10日、東京ではめずらしく朝から雪が降り、街は白く薄化粧をした。しかし、午後からの雨が早々にその雪を溶かし、「けやきの森の季楽堂」で「夜のパン屋さんBBカフェ」第四弾が開催される11日、空気はゆるみ、陽の光の強さも増して、春の兆しすら感じられる。築150年の大きな家では、いつも通り、夜パン出張販売、野菜マルシェや花マルシェ、エダモンカフェ、手作り教室やマッサージの準備万端。そして、今回は、いろいろな角度から「本」にアプローチをするイベントが企画されている。

私にとって本は「持ち運びができる旅」だ。いつでもどこでも本を開けば、歴史小説ならその時代へ、人物ノンフィクションならその人のところへ、登山の話なら冬山や断崖絶壁へと心は飛んでいき、その世界を旅できる。だから、ずっと家で本を読んでいても、活字の森を散策し、閉塞感はない。日ごろ、こんな一人気ままな読書をし、本のイベントなどに参加することはないので、今日はどんな発見があるか楽しみだ。

さて、本日最初のミッションは、前回の教訓、「お目当てのものは(パンも)先に買っておく」の実行から。野菜マルシェに直行すると、「江戸東京野菜」と書かれた野菜がならんでいる。これらは、江戸時代ごろから江戸・東京地域でつくられてきた在来種らしい。例えば、いま、市場に出回っている「小松菜」は、青梗菜とかけあわされたもので、今日ここにあるのが「昔ながらの小松菜」だという。また、新島の「あめりか芋」という見たことのないお芋も。大正から昭和初期にかけてアメリカから伝えられた白いさつま芋で、お米のできない新島で主食代わりにもなっていたとか。ほぼ島内のみで流通してきたという珍品だ。そのほか、地下の室(むろ)を使った昔どおりの方法で育てられている「東京うど」など、どれもこれも生産者の心意気やこだわりが詰まったものばかり。このマルシェでは、いつも目新しい野菜と出会えて興味津々だ。気になる野菜をさっそく買い、もちろん夜パン出張販売でもじっくり選んでパンを購入し、これにて最初のミッション完了。いよいよ、イベントのひとつ「シェアする本棚」をのぞいてみる。

この本棚は、自分の家にある「もう読まない本」「誰かに読んでもらいたい本」を持ってきて、推薦文をつけて置くのも自由。誰かが持ってきた本をもらっていくのも自由、というもの。あまり本を読まない人には、本との出会いを。自分が好きなジャンルや作家にかたよりがちな人には「いつもは選ばないような」本とのめぐりあいを提供している。私が持ってきて置いた本を、「これ、欲しかった本だ」と手にしてくれた人がいた。本を介して、刹那、見知らぬ人とつながる。こんな本のバトンタッチが、思いのほかうれしい。本も、新しい読み手を得てきっと喜んでいるだろう。

数ある本の中で、私の目に止まったのは「LLブック」と呼ばれる本だ。LLブック?

この本に関しては、障害のある人たちにも読書の楽しさを提供する活動をしている「りんごプロジェクト」の古市理代さんが「LLブックとは、サイズが特大の本ではありません」とユーモアを交えながら、スペシャルトークで説明をしてくれた。

LLとは、スウェーデン語の「レットラスト=やさしく読みやすい本」の略。視覚障害の人が指先で触れたり、あるいは知的障害やディスレクシア(文字がうまく捉えられず、読字が困難)の人が、絵や写真、記号を見ることで、物語や情報を受け取りやすいように工夫された本だ。「文字を覚え、本を読む。そんな当たり前のことが、当たり前ではない人が世の中にわりといる」という古市さんの言葉に心がざわつく。たとえいま読むことができても、緑内障や糖尿病によって中途失明したり、交通事故などで脳障害を起こして読書が困難になることもある。今日の当たり前は、必ずしも明日の当たり前ではないのだ。このLLブックの存在を、私はこの日はじめて知ったが、後日、いつも行っている図書館で探してみると、「LLブック」と書かれた小さなコーナーがあった。「そこにある」のに気づかないでいることが、世の中にはまだまだいっぱいある。

スペシャルトークではこのほか、「チャリボン」の紹介もあった。読まなくなった本をネット古書店「バリューブックス」に送ると、その買い取り金額を希望の登録団体に寄付できる。そして、その本は本で、ネット古書店で販売されるというシステムだ。本はそれを必要とする人の元へ、お金はそれを必要とする団体の元へ。よく考えられている。

「シェアする本棚」もそうだが、本は単に「読む」だけのものではなく、人から人へと渡ることで、そこに「うれしい気持ち」だったり「貢献」が生まれるのだ。

さて、今日のイベントは盛りだくさんで、まだ終わりではない。続いて「本のある生活」というワークショップに参加した。これは、夜のパン屋さんのスタッフで、国語の塾講師もしている川原叶さんが中心となり、集まった人たちとともに小説を読む楽しさを掘り下げよう、というもの。テキストとして用意された小説の一部を読み、参加者それぞれが感想や意見を述べ、川原さんが専門的な知識を交えて解説をしてくれる。日ごろの「一人の読書」と違い「みんなで読書」は、ほかの参加者の目のつけどころに「へぇ」と感心したり、川原さんの話に「なるほど」と納得したり。昔、国語の授業はあまり好きではなかったが(試験がからんでいたから?)、大人になってからの読書会はかなりおもしろい。

とにかく今日は、目からウロコがいっぱい落ち、足元は見えないウロコだらけだ。

「本」がテーマのイベントというと、お勉強っぽく堅苦しそうで、敷居が高く感じられる。でも、カフェがあり、マルシェがあり、みんなが食べたり買ったりしゃべったりするのどかな雰囲気の中だと、肩の力を抜いて気軽に参加できるのが、なんといってもいい。これもまた、「夜パンBBカフェ」の「混ざる」が生み出す効果だろう。

帰り道、本をめぐる旅を終えた充実感と軽い疲労感に包まれながら、夕暮れ空に向かって、小さく声を出していった。

あー、楽しかった。

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今回のシェアする本棚で夜のパン屋さんの手元に残った書籍も「チャリボン」を利用しました。査定報告はこちらの記事でご確認いただけます。

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夜パンB&Bカフェ>次回は3/11(土)開催です!

日時:2023年3月11日(土)
11:30-17:00(ラストオーダー16:30)

会場:「けやきの森の季楽堂」東京都練馬区早宮3-41-13[アクセス